今回は、
 
「足立区議の失言&謝罪」
 
に関してお伝えいたします。
 
 
少々長いですが、
まあ、時事ニュースに対する
一人の人間の解釈として、
そして、
身近な「医院マネジメントの地雷」
としてお読みくださいませ。
 
 
 
 

1、今回の要点

 
・他者の醜い姿こそ、自分が冷や汗をかこう
・人は、自分の非を謝る時、醜くなりがち
・失言よりも、その「後始末」に、人は苛立つ
 
 
 
 

2、足立区議(白石正輝区議)の謝罪を自分の学びに変えよう

 
 
ニュースで、
足立区議の
LGBT(性的マイノリティ)発言や
その謝罪の様子を見ました。
 
感想は・・・
 
 
 
「最悪ですね」
 
 
 
 
 
ここで、別に感情論を言うつもりはないですし、
LGBTの如何を語るつもりもありません。
 
あくまで、
様々な事象を
自分の学びに繋げようという観点から
お伝えします。
 
 
特に
虚を突くつもりもないし、
奇をてらったことを言うつもりもありません。
 
また、逆張りで、足立区議を擁護するつもりもないです。
 
 
人として自然に起こる感情を
ごくごく当たり前に、
且つ、現実世界の組織の学びに変えて、お伝えします
 
一応、お伝えしておくと、
私は、特別に支持している政党はありませんし、
贔屓にしている政治家もいません。
 
 
 
結論を言うと、
謝罪の様子は、見苦しいものでしたが、
決して他人事ではない。
 
状況によっては、自分もしてしまうかもしれない。
自分事のように事象を見て、
今のうちに冷や汗をかいておこう。
というものです。
 
 
 
<足立区議問題の内容をざっと>
 
・「日本人が全員、レズかゲイになると、次の世代が生まれない」と議会で発言
・「レズとゲイを法律で守ると、足立区が滅んでしまう」とも発言
・TV局に突っ込まれて、「この発言は間違っていると思っていない。謝る気は全然ない」と発言
・足立区議会の自民党会派が、白石区議に謝罪を要求
・白石区議本人も、態度を一変。謝罪することに…

・議会でなされた謝罪は、原稿の棒読みとも受け止められかねない内容

 
 
 
私が感じた、個人的感想・解釈を
下記にまとめると、
 
 
<謝罪前の、問題発言に関して>
 
A、この発言をした先には、こういう反応があるかもしれない
 それを読めない愚かさ
 
B、少子化問題にLGBTが直結しているかのような、因果関係に関する思慮の浅さ
 
C、「日本の男性女性、全員がLGBTになると、次世代が生まれない」と、
 可能性が極めて低い上に、出す必要のない仮定を持ち出すマヌケぶり
(本人に損しかないことがわからない)
 そういう思考能力
 
D、「子どもには、普通の結婚、普通に子どもを産む教育をしよう」
 という、自分が考える「普通」を社会の定義と考える愚かさ。
 時代の流れを読めない、発言への危機感のなさ
 
E、今回はLGBTの話だが、なんにしても、
 本人たちが一番わかっていること(子どもを産めないこと)を、
 わざわざ口に出して、不快を与えることを予測できない思考力
 
F、「少子化で税収が下がる。LGBTによって税収が下がる」という発言
 人の性向・生き方、しかもセンシティブな部分を
 お金と結び付けた発言をする愚鈍ぶり
 
 
私が感じた、個人的感想・解釈
 
 
<謝罪に関して>
 
 
1、そもそもが、身内(自民党会派)からの批判があって、仕方なく謝る
 
2、差別発言をしていて、
 「差別と受け止められる発言があった」という潔さのない文言。
 「そう受け止める人がいるかもしれんが、俺は未だに差別発言とは思わない」とも映る。
 この期に及んで見苦しい、言葉のチョイス。
 謝ることが目的の場なのに、まだ自分の部分的な正しさを主張したがる醜さ
 
3、ずっと下を向いて、原稿を読んでいるだけの謝罪
 
4、その原稿も、自分で書いていないだろうと思われても仕方ない謝罪のクオリティ
 
5、「他人が書いた原稿を読んでいるだけだ」と
 そう思われても仕方のない謝罪の質。
 真実はわからないので、仮にそれが誤解だとしても、
「誤解を与えないぞ」という気構えのなさ。
 少なくとも、謝罪を見ていた人には、他人が書いた原稿読みのように映っていた
 
6、さらに謝罪の練習も全くしていない、初見で読んだとも思われる、
  一度も練習していない印象。
 不快感しか生まない謝罪。
 
 なぜ、練習をしないのかわからない。
  メディアの注目度も高く、政治家生命もかかっている。
  この謝罪を軽視して、他のどこに時間を割いていたのかわからない。
  自分に落ち度があった時の謝罪で、大した練習もせず、
  これ以上に重要で、時間を割くべきだったものは何だったかよくわからない。
 
7、謝罪の目的が自分の保身と思われる態度
 

8、心がこもってないのに、形だけ謝罪しても返って、腹を立たせる

 
 
 

3、自分の世界に当てはめて、学びへ

 
結局は、文句を言いたいとか、批判をしたいわけではなくて、
一つの事象を見て、
そこからどれだけ、自分事として考えて、
学びを得られるかが大事という話。
LGBT如何の話は、一旦置いておくことを言っておきますが…
 
 
白石、足立区議の謝罪は、
その度合いこそ、大なり小なりあるとしても
自分自身、
 
心底反省していない時や、
わだかまりが残っている時には
やってしまいそうな態度でもあります。
 
 
これは全く他人事ではなく、
一歩間違えれば、
自分もやりかねないと、
危機感を感じたら、
その時間は大きな学びとなります。
 
 
 
 

4、実際のクリニックでも…

 
 
実際、
クリニックでも
院長が暴君すぎて、
スタッフ一同が
サボタージュ、ストライキをして、
院長が謝るケースは
たまにある…
 
 
ただ、その謝罪が、
100点の謝罪をできているかというと、
そうでもない…
 
 
それくらい、

人は、

・自分のミスを指摘された時
・自分の間違いを認めないといけない場面

・謝った方がいいのはわかるが、100%腑に落ちいない時

 
そういう時には、
どこか、自分を守ったり、
5%でも、自分の部分的な正しさを主張したくなる。
そういう思いがある。
そういう傾向もある。
 
 
が、
目的が『謝ること』なのであれば、
その時は、
ムダに自分の部分的な正しさや正義を主張するのではなく、
謝ることに徹する方が、
周囲に対しても、
自分のためにも、
長期的に考えて、正解のようです。
 
 
間違いは誰でもあるが、
その後始末、
その謝り方が
潔くなかったり、
心がこもっていないと、
周囲をますます苛立たせる…
 
 
足立区議にしても、
主題であった『LGBTの問題発言』以上に、
謝罪の態度の方が、人を不快にさせています。
 
これは、
自分の世界でも起こりうること。
他人事ではない。
 
 
 
謝りたいと自分で言いながら、
その謝り方が
 
「私が悪かったんでしょう!」
 
とどこか、開き直っているというか、
反省の態度が見れないというか
そういう謝り方をして、
ますます評価を下げている人は、、、います。
 
間違っても、
その「苛立たせる側」当人にはならないよう、
気を付けていきたいところですね。
 
足立区議を見て、
他人事ではないと、
気を引き締める、良い機会にしていきましょう。
 
 
謝罪したのに、
周囲の反応は、
 
「何のために誤ってんの?」
「本当に悪かったと思っている?」
 
というケースは少なくない
 
 
 
 

5、まとめ

 
足立区議の一連の動向から、
クリニックへの学びは、
 
1、何気ない一言(失言)でも、相手の心にはずっと残る
2、下手な謝罪をすると、返って、ますます苛立たせることがある
3、謝ることが目的としているのであれば、潔く、きちんと謝ることに徹しよう
4、謝罪するなら、自分の部分的な正しさ・正義を主張しない(醜い)
5、謝罪に限らず、会議・ミーティングの自分パートの時間は、
  原稿の棒読みはやめて、きちんと練習する時間を作りましょう
6、ミーティングで伝える内容は、時間を割いて、
  内容・伝える順番・伝え方 を練りましょう